名古屋地方裁判所 平成8年(行ウ)44号 判決 1997年12月25日
原告
三井榮(X)
被告
日進市長 山田一麿(Y)
訴訟代理人弁護士
大場民男
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告が、原告に対し、平成八年八月一五日付でした平成八年度日進市国民健康保険税金五〇万円の賦課処分は無効であることを確認する。
二 被告が、原告に対し、平成八年八月一五日付でした平成八年度日進市国民健康保険税金五〇万円の賦課処分を取り消す。
第二 事案の概要
日進市では、国民健康保険を行っており、被告は、日進市国民健康保険税条例により、国民健康保険の被保険者である世帯主に対し、国民健康保険税(以下「保険税」という。)を課している。
本件は、日進市の住民であり国民健康保険の被保険者である世帯主たる原告が、被告に対し、被告が賦課期日後に改正された条例に基づき賦課期日に遡って当該年度保険税の賦課処分をしたことは、租税法律主義の不遡及の原則に反し違憲であるとして、右賦課処分の無効又は取消しを求めた事案である。
第三 争いのない事実等
一 国民健康保険を行う市町村は、国民健康保険に要する費用に充てるため、国民健康保険の被保険者である世帯主に対し、保険税を課すことができることとされている(地方税法(以下「法」という。)七〇三条の四第一項)。
二 日進市は、昭和四三年二月二三日、条例第一二号により日進市国民健康保険税条例(以下「本件条例」という。)を定めたが、右条例は毎年一回改正されており(ただし昭和六二年と平成四年は二回改正された。)、平成七年六月二六日にも、条例第一九号により右条例は改正された(以下「旧条例」という。)。
三1 旧条例によれば、保険税は、原則として国民健康保険の被保険者である世帯主に課され(同条例一条一項)、その課税額は、以下のようにして求められる所得割額、資産割額、被保険者均等割額、世帯別平等割額(以下まとめていう場合には「各割額」という。)の合算額とされていたが(同条例二条本文)、当該合算額が四八万円を超える場合には、課税額は四八万円とされていた(同条例二条ただし書き、以下「限度額」という。)。
(一) 所得割額(同条例三条一項)
賦課期日の属する年の前年の所得にかかる地方税法第三一四条の二第一項に規定する総所得金額(総所得金額中に給与所得が含まれている場合においては、当該給与所得については、所得税法(昭和四〇年法律第三三号)第二八条第二項の規定によって計算した金額から当該給与所得にかかる収入金額の一〇〇分の五の金額(その金額が二万円を超えるときは二万円)を控除した金額によるものとする。)及び山林所得金額の合計額から法第三一四条の二第二項の規定による控除をした後の総所得金額及び山林所得金額の合計額(以下「総所得金額等」という。)に一〇〇分の六を乗じて算定する。
(二) 資産割額
当該年度分の固定資産税額のうち、土地及び家屋に係る部分の額に一〇〇分の三〇を乗じて算定する。
(三) 被保険者均等割額
被保険者一人について一万七〇〇〇円とする。
(四) 世帯別平等割額
一世帯について二万円とする。
(以下各割額算定の基礎となる定数を「税率等」という。)
2 また、旧条例によると、その賦課期日は、四月一日とされており(同条例六条)、納期は四月一日から翌年三月三一日まで各月一日から同月末日までを納期とする(ただし、第九期は一二月一日から同月二五日までであり、第一〇期は翌年一月五日から同月三一日までであった。)一二回であった(同条例七条)。
四1 日進市は、平成八年五月一六日、条例第一八号により、国民健康保険税条例を改正(以下「改正条例」という。)し、各割額の算定方法を以下のように改めるとともに、限度額を五〇万円とした(以下「本件改正」という。)。
(一) 所得割額
総所得金額等に一〇〇分の五・八を乗じて算定する。
(二) 資産割額
当該年度分の固定資産税額のうち、土地及び家屋に係る部分の額に一〇〇分の一五を乗じて算定する。
(三) 被保険者均等割額
被保険者一人について二万円とする。
(四) 世帯別平等割額
一世帯について二万三二〇〇円とする。
2 改正条例は、平成八年度分の保険税から適用されることとなった(同条例改正附則二条)
五 被告は、平成八年八日一五日付で、原告に対し、国民健康保険税納税通知書を送付することにより、平成八年度日進市国民健康保険税の税額を五〇万円(ただし納期限及び各納期別納付税額は別紙納期限及び各納期別納付税額記載のとおり)とする賦課処分(以下「本件賦課処分」という。)をなすとともにその旨告知した。
六1 原告は、平成八年九月二五日、被告に対し、本件賦課処分は憲法八四条に違反して無効であることを確認した上、同処分を取り消すよう異議の申立をした。
被告は、同年一〇月二二日、右の異議申立を理由なしとして棄却決定した。
2 そこで原告は、平成八年一一月五日、本訴を提起した。
七 なお、原告は、平成八年度日進市国民健康保険税のうち第一〇期ないし第一二期分の保険税をいまだ納付していない。
八 なお、原告の訴状における「国民健康保険税についても憲法八四条の趣旨が適用され、課税客体・課税標準・税率等が予め条例によって明確に定められていることが必要であることは明らかである。」との主張に対し、被告が平成八年一一月二〇日付答弁書(以下「第一答弁書」という。)において「格別争わない」と主張したものの平成九年二月二七日付第二答弁書(以下「第二答弁書」という。)において「国民健康保険税の特殊性から国民健康保険税については争う。」と主張したこと、原告の訴状における「日進市の平成八年度における国民健康保険税は、平成八年四月一日を賦課期日として課税客体・課税標準・税率等の課税要件並びに賦課徴収手続を具体的に明示した上、日進市はこれに基づいて国民健康保険税の賦課徴収の手続を行う義務がある」「平成八年度における日進市国民健康保険税は」平成八年四月一日現在施行されている「この条例に基づいて算定しなければならない」との各主張に対し、被告が第一答弁書において「全部認める」と主張したものの第二答弁書において「争う」と主張したことに対し、原告は、右主張の変更は禁反言の法理に反し許されず自白が成立しており、裁判所はこれを前提として審理し判断しなければならないと主張しているが、被告が変更した答弁に係る原告の主張はいずれも法的主張にすぎないから、それに対する答弁も裁判所を拘束するものではなく、原告の右主張は採用することができない。
第四 争点及び当事者の主張
一 争点
1 無効確認の訴えの利益
2 当該年度の賦課期日後に改正された改正条例により、当該年度の課税額を決定することは、憲法八四条に違反するか。
二 当事者の主張
1 争点1について
(被告の主張)
原告は、本訴に先立ち本件賦課処分に対し、平成八年九月二五日、異議申立てをなし、かつ、出訴期間内に本件の取消訴訟を提起しているものであるから、無効確認を求める法律上の利益はない。
(原告の主張)
本件賦課処分は、既に原告宛に送達されて徴収手続が開始され、毎月定められている保険税額の徴収が現実に行われているため、無効であることを確認する必要がある。
2 争点2について
(原告の主張)
憲法八四条の租税法律主義の趣旨からすると、賦課期日の時点で、課税客体・課税標準・税率等の課税要件が予め条例によって明確に定められていなければならず、賦課期日後に、課税要件が納税者に不利益に改正された条例を適用して賦課徴収することは許されない。
そして、改正条例は、旧条例と比べて、被保険者均等割額は被保険者一人について三〇〇〇円、世帯別平等割額は一世帯について三二〇〇円、課税限度額は二万円と、それぞれ高額になっている。
したがって、被告が、本件賦課処分に際し、改正条例を適用したことは、憲法八四条に違反する無効な処分である。
なお、日進市国民健康保険税条例が不利益に改正されたか否かは、納税者全体を基準として判断すべきであり、原告のみを基準として判断すべきではない。
(被告の主張)
(一) 国民健康保険事業は、被保険者間の相互扶助事業として社会保障的性格から、年度主義がとられているところである。被保険者並びにその医療に要する費用の負担額にも毎年変動がある。したがって、予算もまた必然的に毎年異なることとなり、その支出額を賄うための保険税率等についても絶えず改正の必要が生じる。
このことは、本件条例改正の経過でも明らかであり、このために旧条例においては仮算定徴収の特例を規定しているのである(同条例九条の二)。
したがって、条例自体が四月一日に課税標準等について固定主義をとっておらず、改正条例の適用を年度途中においてすることは保険税の性格上許容されるものである。
(二) 法七〇三条の四第二項の規定によるところの、国民健康保険の一般被保険者に係る保険税の標準課税総額は、次に掲げる額の合算額とされている。
(1) 当該年度の初日における一般被保険者に係る国民健康保険法の規定による療養の給付並びに入院時食事療養費、特定療養費、療養費、訪問看護療養費、特別療養費、移送費及び高額療養費の支給に要する費用の総額の見込額(以下「費用見込額」という。)から当該療養の給付についての一部負担金の総額の見込額(以下「負担金見込額」という。)を控除した額の一〇〇分の六五に相当する額
(2) 当該年度分の老人保険法の規定による拠出金の納付に要する費用の額から当該費用に係る国の負担金の見込額を控除した額(以下「老人保険法費用額」という。)
右の費用見込額を平成八年度初日における疾病、診療状況等の医療費の状況を勘案して見込み、必要保険税賦課額を算定、平成八年五月一六日公布の条例改正後に保険税額を確定することは、地方税法の規定に反するものではない。すなわち、予算に占める割合の大きい医療給付にかかる費用額について、地方税法の規定に基づき確実性のある予測をし、その費用負担を補う国庫補助金、県補助金等の特定財源相当額を控除した後に保険税賦課額を確定することは、国民健康保険特別会計という特殊性のある独立会計において、赤字運営を避けるため、また一般会計からの必要以上の繰入れを避けるためにも必要やむを得ない措置である。
(三) 本件改正は、保険税額そのものを大幅に引き上げることを本来の目的とせず、中低所得者の負担緩和のため、限度額を引き上げ、及び軽減制度の拡充を図るために、応益割合(課税総額に対する被保険者均等割総額と世帯別平等割総額との合計額の占める割合をいう。)を引き上げることにより被保険者間の保険税の負担の公平化を図り、低所得者には将来の急激な負担増を避けるための段階措置であり、納税者全体に不利益を与えるものではない。
条例改正時期については、確実性の高い予測による医療費の状況を勘案した上での改正であり、法の趣旨を逸脱するものではなく、また法律の改正に基づく市条例改正による保険税の増減は予測可能な範囲であり、遡及して適用することも許されるものである。
(四) なお、旧条例により原告の平成八年度の税額を計算すると、別紙課税額計算表のとおりとなり、五〇万円を超えるので、改正条例による被保険者均等割額及び世帯別平等割額の改正が不利になったわけではない。
すなわち、原告の国民健康保険税額が改正条例により旧条例と比べて高額になったのは、課税限度額が四八万円から五〇万円になったためである。
しかし、課税限度額については、法七〇三条の四第一七項で五二万円と規定されていること及びその増加率は四・一六パーセントと低率であるから、その改正は、軽微な変更にとどまり納税義務者に著しい不利益を与えないものであるのであって、租税法律主義に反するものではない。
第五 争点に対する判断
一 争点1について
争いのない事実によれば、原告は、本件賦課処分にかかる税の一部を納付しておらず、原告は、右未納分につき滞納処分を受けるおそれがあると認められるから、本件賦課処分に続く滞納処分により損害を受けるおそれのある者で、本件賦課処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによっては、右滞納処分を予防することができない者であると解せられるので、原告は本件賦課処分の無効確認を求める訴えを提起することができる者と解するのが相当である(行政事件訴訟法三六条)。
なお、被告は、取消訴訟が適法に係属している以上無効確認訴訟を提起する利益はないと主張するが、無効確認訴訟は取消訴訟の補完的な役割を果たす訴訟ではなく、無効確認訴訟の方が取消訴訟よりも原告にとって有利な点も存するのであるから(行政事件訴訟法三八条、一〇条一項、三一条一項参照)、右主張は理由がない。
二 争点2について
1 前記争いのない事実のとおり、保険税は、毎年四月一日を賦課期日として、年額で賦課されるものであるから、年度途中においてその課税要件を条例で改正してこれを当該年度の保険税に適用して賦課徴収するのは、改正条例を遡及適切することとなる。
憲法八四条の規定は、課税法規の遡及的適用を禁止する趣旨を包含するものと解すべきである。
しかしながら、右禁止は絶対的なものではなく、租税の性質及びそれが課される状況を考慮し、予測可能性が存在し、法的安定性に対する信頼を著しく害することがないとか、納税者に著しい不利益を与えないといった範囲内においては遡及して適用することも許されると解するのが相当である。
そこで、本件改正条例の遡及適用が、憲法八四条に違反するかについて、以下検討する。
2 保険税は、国民健康保険を行う市町村が、被保険者の疾病、負傷、出産又は死亡に関して必要な保険給付を行うため、国民健康保険の被保険者である世帯主に対し賦課する地方税であり(国民健康保険法二条、法七〇三条の四第一項)、年度毎に保険料の課税総額という枠を決定し、この総額の中で被保険者の負担を配分し、当該年度の費用を賄う目的税である。
そして、法七〇三条の四第二項によれば、同項にいう一般被保険者に係る国民健康保険税の標準課税総額は、費用見込額から負担金見込額を控除した額の一〇〇分の六五に相当する額と老人保険法費用額の合算とされているところ、課税総額は、当該年度初日における費用見込額を基礎とするため、その額は毎年変動することが予定されており、また、各割額の算定の基礎となる総所得金額等の課税標準も毎年変動することから、各割額の算定要素となっている税率等も、毎年改正することがその性質上予定されているものであり、現に、本件条例は、毎年少なくとも一回は改正されてきたのである。
3 〔証拠略〕によると、日進市が本件改正を行った経緯について次の事実が認められる。
(一) 国民健康保険事業については、特別会計で歳入歳出予算を組むこととされており、また、費用見込額の一部は一般財源から手当されるのでその調整が必要となるため、日進市は、平成八年度の予算案の策定に合わせて、平成七年一一月ころから、平成八年度の保険税の税率等について条例改正する必要があるか否かの検討に入り、医療費の動向などの費用見込額、加入状況、稼働形態など被保険者の総所得額の予測データ等を要素として、シュミレーションをして相当な税率などを算定する作業を始めた。
(二) ところで、保険税の応益割合は、地方税法上一〇〇分の五〇という標準割合が設定されているが(法七〇三条の四第三項)、実際の応益割合の全国平均は三五パーセント程度と低い水準になっていた。そのため、保険者間及び被保険者間の保険税負担の不均衡が生じるとともに、中間所得者層の保険税負担が過重になってきており、これを是正する必要がいわれていた。
そこで、保険税の課税限度額を五〇万円から五二万円に引き上げるとともに、応益割合の低い市町村については応益割合を高め、市町村間及び被保険者間の負担の公平を図ることを目的として、平成七年三月三一日、平成七年法律第五三号により地方税法が、平成七年政令第一五〇号により地方税法施行令が、それぞれ一部改正された(施行期日はいずれも平成七年四月一日)。
右改正前においては、低所得者に対する国民健康保険税の負担を軽減するため、年収が一定の金額以下である等の要件をみたす者については、被保険者均等割額及び世帯別平等割額を六割又は四割一律に減額することとされていたが(改正前の法七〇三条の五、改正前の地方税法施行令五六条の八九第二項)、前記法令改正により、応益割合を高める結果、低所得者層の保険税負担が増大しないようにするため、応益割合が五〇パーセントに近い市町村を中心に、低所得者に対する国民保険税減額制度を段階的に拡充することとされた。具体的には、前年度または当該年度の応益割合が四五パーセント以上五五パーセント未満の市町村では、七割又は五割減額し、新たに二割減額の制度も創設され、三五パーセント以上四五パーセント未満の市町村では従来通り六割又は四割減額とされたが、前年度及び当該年度の応益割合が三五パーセント未満の市町村では、五割又は三割の減額しかできないこととされた(地方税法施行令五六条の八九第二項二号イ(2)及び同号ロ(2))。もっとも、当該市町村は、当分の間、六割又は四割減額制度を維持できることとされた(同令附則一〇条)。
(三) 右法令の改正を受け、平成七年一月三一日、右改正内容を説明する市町村税務担当課長会議が行われ、同年四月二八日付で、愛知県総務部長は、各市長及び事務所長宛に、平成七年三月三一日付自治次第四二号及び自治次第四三号で自治省税務局長及び自治省税務局市町村税課長からの改正法令を説明する内容の通知を添付し、適切に処理するよう通知した。
ところで、日進市においては、旧条例が施行された平成七年度における、応益割合は、三〇・一九パーセントであった。そこで、被告は、平成八年度の保険税の改正において、課税限度額を引き上げるとともに、六割又は四割の減額割合を今後も維持すべく応益負担の割合が三五パーセント以上とする方針を立て、これらの条件を満たすべく、シュミレーション作業を行った。
(四) 前記シュミレーション作業の結果、日進市は、平成八年度の費用見込額を前年より約一億三五〇〇万円多い一七億四二一四万二〇〇〇円とし、その内、九億七三五〇万二〇〇〇円を課税総額として保険税で確保し、不足分の内一億九六五〇万円は一般会計から繰り入れ及び基金取り崩しで一億円を賄い、それでも不足する分は国庫からの支出金六億三〇〇九万九〇〇〇円等で賄うこととした。
そして、前記課税総額九億七三五〇万二〇〇〇円を保険税で確保するために、本件改正のとおり、課税限度額の引き上げと税率等の改正をすることが、相当であるとの結論に至った。なお、本件改正のように税率等を改正すると、応益割合は三五・一パーセントになる。
(五) 被告は、平成八年二月二八日、本件条例の改正について、日進市国民健康保険運営協議会に諮問し、同年三月一日、同協議会から右諮問内容を可とする答申を受けた。
日進市では、平成八年度の賦課期日である平成八年四月一日以前に旧条例を改正しようとすれば、同年二月一六日までに議会へ上程する議案を提出しなければならなかったところ、本件改正については、同日までに諮問できていなかったため、改正案を提出することはできなかった。
そして、被告は、同年五月一四日、議会に対し、改正条例をその内容とする条例案を提案し、可決議決を経て、同月一六日、改正条例が公布施行された。
4 右認定事実によれば、賦課期日以前に当該年度の税率等を確定するためには、同年二月一六日よりも前に諮問しておく必要があり、諮問のためには、更に相当以前に費用見込額の算定をする必要があったということになる。
しかしながら、〔証拠略〕によれば、被保険者が診療等をした日から二か月遅れて、医療機関から日進市に国民健康保険の対象となる費用の請求がなされていたこと、保険税の課税総額を早期に決定しようとすれば、費用見込額の基礎となる前年度の費用の内、一部の医療費しか資料とすることができず、平成七年一一月の検討段階ですら、同年八月分までの医療費が資料とできたに過ぎなかったことが認められる。このような状況からすると、諮問の時期を早め、賦課期日前に条例の改正案を提出することを求めるのは、かえって確実性のない費用見込額を基とした改正案しか得られないこととなるのであって、そのような結果は相当ではない。なぜなら、そのような事態は、年度毎に保険料の賦課総額という枠を決定し、この総額の中で被保険者の負担を配分し、当該年度の費用を賄うといった保険税の目的に合致しなくなる可能性があり、国民健康保険特別会計として独立会計をとる以上、赤字運営を避ける必要があるからである。そして、このことからすれば、限定された資料による費用の見込額が、その後の保険給付の実績とその動向に照らして、当該年度の初日における費用見込額と極めて異なる事態が生じないかを検証する必要があり、右検証の結果、当該年度の初日における費用見込額が当初の見込額と極めて異なる事態が生じた場合には、案を変更し、再度日進市国民健康保険運営協議会に諮問する必要が生じるものと解される。
本件改正においては、平成七年中の費用見込額の予測に基づき作成された改正案を変更することなく、平成八年五月一六日に改正条例が公布施行されているが、これも、〔証拠略〕によれば、平成七年度の疾病、診療状況等により平成八年度の医療給付に係る費用額の見込額が具体化した平成八年四月ころに、右予測額を是正することが不要であることが判明したからにすぎなかったことが認められるのである。
このようなことからすると、保険税の目的税という性質に沿うように正確な保険税の課税総額を決定するには、やはり、賦課期日後の条例改正が必要となってくるのであり、そのことは、国民健康保険制度及び保険税の制度自体において予想されているといえる。
5 また、そのように解しても納税者の法的安定性に対する信頼を著しく害するものでもないことは、条例自身、仮算定の徴収制度(旧条例九条の二)を備えていることから首肯できるものである。
すなわち、仮算定の徴収制度とは、保険税の徴収については、保険税の所得割の算定に用いる総所得金額が確定しないため、当該年度分の保険税額を確定できない場合においては、その確定する日までの間において到来する納期において徴収すべき保険税に限り、保険税の納税義務者について、その者の前年度の保険税額を当該年度の納期で除して得た額をそれぞれの納期にかかる保険税として徴収し(同条一項)、その場合において、当該保険税額が当該年度分の保険税額に満たないこととなるときは、当該年度分の保険税額が確定した日以後の納期において、その不足額を徴収する(同条二項)制度である。
仮算定徴収制度自体は、保険税の所得割の算定に用いる総所得金額が確定しない場合にとられる制度ではあるが、その結果、納税義務者は、総所得金額が確定し当該年度分の保険税額が具体的に確定(以下「本算定」という。)するまでは、前年度の保険税額を当該年度の納期で除して得た額をそれぞれの納期にかかる保険税として徴収され、後に不足額を徴収されるかもしれないという意味で、本算定がなされるまで納税者は、自己に対する保険税の徴収額が変動することを予想しているのである。
そして、〔証拠略〕によれば、本算定により税額が決定され通知されたのは平成八年八月一五日であり、その後に初めて到来した納期限は平成八年九月二日であると認められるところ、本件改正は、同年五月一六日になされているから、いまだ納税義務者が自己の確定的な保険税額を了知する以前に条例の改正がなされ、右改正条例に基づき本件賦課処分が行われたことになる。
したがって、本算定がなされる以前に、条例が改正された本件においては、納税者の法的安定性に対する信頼を著しく害するとまでいうことはできないのである。
6 前記のとおり、本件改正は、地方税法及び地方税法施行令の改正に沿うものであり、応益割合を三五・一パーセントとすることは保険税の性質上従前の応益割合よりも合理性が認められること、限度額の改正も法律の範囲内であること、被保険者均等割額は一七・六パーセント程度、世帯別平等割額は一五パーセント増加しており、一見低額所得者に対し不利益を課すかのようにも思えるが、そもそもそれは低額所得者に対する減額割合を維持するために行われているのであるから、総合的にみれば、低額所得者にとって著しい不利益を与えるものとは解されないこと、減額割合を受けられない中間所得者層に対しても限度額の引き上げによって所得割額と資産割額の税率を低減することができたため著しい不利益を与えるものとは解されないこと、限度額の増加は年額二万円にすぎず、右増加が関係するのは高額所得者であり著しい不利益を与えるものとは評価できないこと、以上のとおり、本件改正は、納税義務者に著しい不利益を与えるものではないということができる。
7 以上より、保険税及び国民健康保険制度の性質、地方税法及び地方税法施行令の改正に伴う改正であること、改正された税率等及び限度額の内容、仮算定徴収制度の存在からすると、年度途中における本件改正と遡及適用については、予測可能性が存在し、法的安定性に対する信頼を著しく害することがなく、納税義務者に著しい不利益を与えないので、遡及して適用することも許されると解するのが相当である。
したがって、改正条例は、憲法八四条に反するとはいえず、右条例に基づき被告が原告に対しなした本件賦課処分は適法であり、原告の請求は理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 森義之 安永武央)